アマールカ

アマールカ』を知っていますか?
先日、ほぼ日のサイトで、懐かしく再会しました。
『アマールカ』の企画の最終日に、ユーストリームで
アニメ10作品が放送されるというお楽しみつきだったのですが、
ご覧になった方、いるでしょうか?(⇒

アマールカはじめまして編 アマールカおやすみ編
それで思いだしたのです。
以前確か、渋谷の映画館であったチェコアニメフェアで、
トゥルンカやクルテクや、そのほかいろんなチェコアニメに混ざって、
この「アマールカ」も上映されたのではなかったか?と。
(記憶はあいまいです・汗)

『アマールカ』は、チェコで70年代から愛され続けている
おやすみ前のアニメなのだそうです。
観ると寝てしまうからではなくて、(そういう向きもあるけれど・・・)
この時間が終わったら、子どもはそろそろおやすみよー
という意味での おやすみアニメ

アマールカララバイ編 アマールカ花かんむり編
ゆるーいです。とってもとってものんびりしています。
森の妖精・アマールカと、擬人化された自然・動物・植物たちとの
かかわりが、短いお話になっていますが、特別 波乱万丈なことは
おこりません。
小さな出来事だけど、ちょっとしたところで、チェコだなぁと思う。

発想かな?
その冬中の雪がつまった袋が大暴れしたり、
イラクサがアマールカを刺して、その涙で川ができたり。
とてもおもしろいです。

本場では男性の声のアマールカだったようですが、日本版は
とてもかわいい女性のナレーション♪
音楽も、アニメの雰囲気にぴったりあっていい感じです。
本の読み物のほうも、巻に添っての話題になっていて、
こちらもなかなか興味深い。

4枚をとっかえひっかえ観ていましたが、25日に最終巻
『りんごの実編』が発売になるようですね♪
アマールカりんごの実編
もうすっかり、「アマールカ」ファンとしては、こちらも見逃せません☆


| 琴子 | 21:22 | comments(8) | trackbacks(0) |

植物図鑑

ずいぶん前に友人に教えてもらって知ったこの本、
人気で図書館予約で待つこと数か月。
これが携帯小説というものなのですね。
なるほど、と思いながら、さくさくと読みました。

植物図鑑

出会いの設定や、その後の話の進み具合には
そんなに簡単に・・・?という想いが混じらないでは
なかったですが、何がよかったかといえば、
1年通して感じられる"野草”に関する エピソード。

はえている場所、その季節、そのときの会話や
帰ってからの料理法・・・
日常が、そんな些細なことの繰り返しであることを、
あらためてしみじみ思います。

キンモクセイがふっと香るように、何かの折に
思い出される記憶。
その時間が、その時は さほど意識されていなくても、
頭に強烈に残っていることって、あるものです。

スベリヒユって食べられるの!?と驚いたり、
ユキノシタの天ぷらを食べてみたくなったり、
クレソンを採りに行きたくなったり。
なかなか楽しい 野草学でした。

でも、、、やっぱり すてきな誰かと一緒じゃなきゃ、ね。
楽しさ、半減ですよね。

| 琴子 | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) |

夏のお伴本 2

2を書くつもりで、1を書いた夏のお伴本。
少しだけでも記しておこうと思います。

スターガール ラブ、スターガール

なかなか手にする機会がなく、ようやく読めた本。
オススメしてくれた何人かの友人たちに感謝です。

『スターガール』では、スターガールがスターガールで
あるがゆえの胸の痛みが生々しく、ついわたしだったら・・・
と考えずにはいられなかった。
小4のときの体験がよみがえる想い。
 ある日突然、誰も口を聞いてくれなくなる恐怖と悲しさは
 その地獄のような1週間が終わっても、
 その後消えることはなかった。
 性格も変わったと思う。
その経験を思うと、スターガールはとても強い。
だからこそ、レオに味方でいてほしかった、とも思う。

スターガールからの視点で書かれる『ラブ、スターガール』では
繊細な彼女の心の動きがわかる。
自然の大きな力をもらって、年齢にとらわれない友を持ち、
自由で想像力豊か、情に深くて 実行力もある。
彼女が動くとき、その一生懸命さゆえに生まれる大きな感動の輪に、
知らず知らず、引きこまれている自分がいる。
個性的でとてもナイーブなスターガール。
全部がまるごと愛おしい。

年だけは、いい大人になっているけど、
果たして、スターガールのように、自分を見つめることって
できているかな・・・・。


私の部屋のポプリ 続続

熊井明子さんのエッセイ、古書で出会って以来ファンに。
ポプリで有名な熊井さんだけど、この本に出てくる
本の題名はかなりの数。
興味深いものが多くて、あれこれメモしながら読む。

時々知っている本が出てきてうれしくなる。
ケイト・グリーナウェイの『遊びの絵本』 (訳:岸田衿子/立風書房)の
おもしろい名前の遊びが紹介されていた。
 ティーポット ⇒ 言葉あて
 たたされ猫  ⇒ 場所とり
 クリスマスの紙袋 ⇒ スイカ割りのような菓子とり 

そうだったっけ?と見なおしてみると、ほんとにそうだった。
10年以上前に古書で手にして、何度も見ていない絵本。
こういう形で再開するのが、また楽しく、うれしい。

クリスマスの紙袋は、メキシコのピニャータと似ている気がする。

| 琴子 | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) |

夏のお伴本 1

ちょうど夏休み入ったあたりから、夏休み中
手元に置いていた本たち。
図書館のものは、あとに予約がないかぎり、
延長をかけてずいぶん借りました。
話題になったのはかなり前ですが、今ようやく手にとった
というものもあります。

いしいしんじさん。初・いしいしんじ。
どことなく わたしに理解できるだろうかという不安があった
作家さん。
でも理解できる・できないではなくて、好きか嫌いか
感じることができるか、共感できるか、それだけだなぁと
思った一冊でした。
『ぶらんこ乗り』
ぶらんこ乗り

わたしは、このお話をとてもすんなり受け入れられた。
サーカスの空中ブランコが、こちらとあちらをつなぐモチーフと
して描かれているところ、
それに、kohaと同じくらいの子が気づいてしまっているところで、
背中がぞくぞくしました。

『ムーミンパパの思い出』 『ムーミン谷の彗星』
ムーミンパパの思い出 ムーミン谷の彗星⇒ 新装版

NHKプレミアムの北欧特集で、何度もムーミンが出てくるので
再読したくなり、この2冊を。
スニフが欲張ってガーネットをとっている間に、あやうく
大トカゲに食べられそうになった場面、パペットアニメでも
流れていましたが、ガーネットをひとつもとってこれなかったスニフが
泣いて嘆いているときに、スナフキンがつぶやく言葉がとても好き。

 自分できれいと思うものは、なんでもぼくのものさ。

 といいながら、

 なんでも自分のものにして、もってかえろうとすると、
 むずかしいものなんだよ。ぼくは、見るだけにしてるんだ。
 そして、立ち去るときには、それを頭の中へしまっておくのさ。
 ぼくは、それで、かばんをもち歩くよりも、ずっとたのしいね。


と、スニフに言って聴かせるのです。
(スニフは聞いちゃいませんが・・・)
kohaは、ここのところで、「スナフキン、かっこいい!」と
すっかりファンに。

手持ちのムーミン文庫は、講談社の青い鳥文庫版だけれど、
教わって見てみた、新装版の講談社文庫、とてもいい感じです!
帯の応募券を集めると、ムーミングッズももらえるキャンペーンも。


月の砂漠をさばさばと 
こちらも、はじめて読んだ北村薫さん。
母と娘の日常の中に、それぞれの想いがちゃんとあって、
それを推し量ったり、素直に表現したり、お互いをみとめあった
姿勢が、とても穏やかに染みてきました。

子どもは子どもだけれど、何も考えていないわけじゃない。
表現するすべを知らない分、複雑に 高度なことを
考えているんだ、と思う。
お母さんがそのことに気づいて、少し行きすぎると
ちゃんと戻ってくるところ、見習いたいと思います。
お母さんが話すおはなしは、さきちゃんの血肉になると確信します。
すてきだなぁ。
この雰囲気を、ふわふわな綿毛と表現した友人もすてき。
あたたかーい綿毛が たくさん増えるような・・・そんなお話。 
ときどき読み返そうと思って、文庫版購入予定。

| 琴子 | 13:01 | comments(12) | trackbacks(0) |

瑞々しさ

今年はヒロシマ・ナガサキから66年。(・・・ですよね)
暑い暑い夏に、原爆で亡くなった方たちのことを思わざるを
えません。
今年は、特にそういう夏です。

     *       *       *

北欧ものを楽しみつつ、予約した図書館本が次々やってきて
あちらこちら 行きつ戻りつしています。

江國さんのエッセイは、どうしてこう 瑞々しいのでしょう。
自分の五感までも、活性化するような気がします。

やわらかなレタス

江國さんが、2時間のお風呂のあと、たっぷりの果物を召し上がる
・・・というだけではない何か。
言葉のひとつひとつまでもが、なんとも瑞々しくて、
色や香りが際立って、目の前にイメージされます。

食に関するエッセイの中の、江國家の風習や習慣、
絵本や本に出てくる 食べ物についての考察(?)
どれもが、なんだかワクワクして、続けて2度読んでしまいました。

雑誌ku:nelで掲載される 妹さんとの往復書簡も、毎回とても楽しみ。
小さい頃からこだわってきたことの数々や、あの頃こうだったよね・・・
と言いあう 小さな秘め事のような文には、いつもちょっとした羨望が
混じります。
だから、江國さんの名前を見ると、どんな文だろうと読みたくなる。

それにしても、言葉へのこだわりは、さすが!です。
並大抵ではないことがよくわかります。
理解できない言葉の前では、動きがとまってしまうほど。
そのエピソードがいちいち 楽しいのです。

江國さんが、魚のイメージを列記しているところでは、
おもわず笑いが・・・。
 
 鮭はやさしそう。 鱒はすこしだらしがなさそう。
 鰯はのびやかで陽気、かますは几帳面。
 鰊は悲観的で、ひらめは楽観的。
 おこぜは慎重そうで、鯛はすこし意地悪そうだ。
 まぐろは率直に違いないけれど、冷淡なところもあると思う。
 鯵は真面目だけれど、やや自分本位。
 かわはぎはナルシスティック。

で、江國さんが何になりたいかといえば、でしゃばらない、
控え目で、心根がよく、思慮深い・・・ ”鱈”
なのだそうです。

フフ、楽しい。鱈はおいしいですもん。
何にでもあうし、わたしも同感!

この項で出てきた 『漁師とおかみさん』 という絵本が
江國さんのものは、わたしの手持ちの ツェマックの絵本とは
違っていて、これがとても気になりました。
矢川澄子・訳/センダック・絵 なのだそうです。
どうなだろう・・・見てみたい!

ムーミン谷の冬に出てくる、”あたたかいジュース”
ハイジの黒パンや白パン
ピーター・ラビットのレタス
「大きな森の小さな家」のバターミルク・・・
江國さんの言葉で、突如際だってきて、どれもこれも
読み返したくなっています。

この本の装丁も、ほんとうに美しく、表紙内側の一枚の
つるんとした紙まで行き届いていて、素敵。
タイトルも、目次のひとつひとつも、装丁も、いいなぁと
思いながら読んでいたら、kohaが一言
「きれいな本だね」と言いました。
7歳にも、美しいものはわかるんですよね。
7歳、だからこそ・・・かな。

| 琴子 | 22:10 | comments(4) | trackbacks(0) |

佐野洋子さん

佐野洋子さんの追悼別冊特集。

佐野洋子

とても中味の濃い一冊でした。
佐野さんという人の生き方・考え方が、いろんな人の言葉を
通して迫ってくる感じ。
途中のエッセイも絵も、寄せられた言葉や息子さんのあいさつも
すべて目が離せなくて一気に読みました。
そしてまた、読み返しています。

なんて素直な人なんでしょう。
さみしさや怒りや戸惑いや、そんな感情をすべてストレートに
あらわす佐野さんの魅力に満ちていました。

佐野洋子対談集

これより少し前に読んだ、西原さんと、リリー・フランキーさんとの
対談集でも、親とのかかわり、家庭について話されていた
佐野さん。

家族の在り方は人それぞれだけど、人生のどこかで、家族に対して
優しい穏やかな気持ちになれたなら・・・
それはとてもしあわせなことだよなぁ。
強くそう思います。

| 琴子 | 20:59 | comments(4) | trackbacks(0) |

また 本より

アルジャーノンに花束を 初めて手にとった有名なお話。

読み終わって、こんなに切なくやりきれない思いが残るなんて。
もやもやとした感情がうずまく。
しあわせだったのだろうか。

自分の過去と未来を見つめ、アルジャーノンと自分が重なったとき。
自分の中に、自分がかつて憎んだ感情や言動を見、
立場が違えば、簡単にそれが出てしまうことを意識したとき。
そして、今までできたことができなくなると想像するときの苦しみ。

人間が操作していいことだったのか、わたしにはわからない。
ラストの決意に胸がつまる。


昭和二十年夏、僕は兵士だった

昭和二十年の夏、若き兵士だった5人の体験がおさめられている
ノンフィクション。
当たり前のことながら、"戦争”とひとくくりにはできない
それぞれの戦争があったし、戦後の向き合い方があったのだと
知らされる。
自分が生かされた命であることを真摯に受け止めて、その後の
人生を歩まれている姿は、ずっと心の奥底に秘めた想いと一緒に
ぐっと胸をつかまれる想いがする。

梯さんの動画のおはなしも、とてもよかった。
今、読めて良かったと思う。


茨木のり子の家

大好きな詩人、茨木のり子さんの家が美しい写真で公開されていて
思わず見入る。 装丁も写真もとても美しい。
雨粒のような光の輪のようなすりガラス。テラス。
こだわりの階段。柱時計。
仕事部屋。そこに並ぶ本。
そして、椅子。
大事にしたためられた Yの箱。
匂いや音や緑の濃さなんかが、わ〜っとあふれてきそうな昭和の香り。
とても気に入って、ことり分室に注文中。


漢方的183のアイディア

ヨガのおかげで、深い呼吸や自分の内側に向き合うことが
前よりも簡単にできるようになってきたとは思う。
けれど、体の不調は簡単には治らず、お世話になっている
邱紅梅先生の、ムック本で研究することに。
春夏秋冬 少しずつ気をつけることが違うというのはわかりやすい。

邱先生は、大変元気はつらつなので、いつも問診でお話を伺うのが
楽しみのひとつ。そして、たくさんの”気”をいただいて帰る。
ひどかった手根幹のしびれは、気づいたらほとんどなくなっていた。
嬉しい!


| 琴子 | 22:23 | comments(8) | trackbacks(0) |

本より

あの震災以前と震災後では、何かが決定的に違ってしまった。
今までの価値観がぐるっと まるっきり。
大切なことは、いつも自分の中に持っているつもりだったけれど、
それはいとも簡単にぐらんぐらん揺れて、
何を信じていいか、どう動いていいか、まったく情けないことに
わからなくなってしまった。

テレビの映像でkohaが怯えるのがわかったので、なるべく
テレビはつけないようにした。
今までも愛聴していたラジオと、今までななめ読みしていた新聞を
よく読んで、最低限の情報を得るようにした。

そして、本を手にとり、わらべうたを歌った。

うちにある本、図書館が再開してから図書館本も。
新聞を読んでいると、次々読みたい本が出てくる。
予約の本を待つ間、本棚を眺めまわして取り出してみると
ほんとうに今読みたかったというものだった。
そして、どれも「生きる」ということにつながっているように思えた。
どう生きるか。

 ずっと、後になって、私は、本心、というものが、それを言った
 当初はそう思えなくても、実はだんだんにそれに近づいていくことも
 あるのだと思った。そのときにはわからなかった本心が、
 ひょこっと顔を出す、ということがあるのかもしれない。
                『エンジェルエンジェルエンジェル』 より

コーヒーと熱帯魚と真夜中が、印象に残っていた話の中で、
この部分を読んだ時、わたしが怖いのはコレかもしれない、
と思った。
もちろん、本文ではいい意味で使われているのだけど、
わたしは逆の意味で怖かったのだ。
わたしの不用意な言葉が、怖かった。自分に信用がなかった。

3月終わり、新聞に田辺聖子さんの『欲しがりません勝つまでは』の
文が引用され、それに惹かれて、読みたいと思った。
多感な時期に、過酷な戦時中を過ごされた著者が、そのあとがきに
書いた言葉が、ほんとうに胸に響いた。

 あの酷烈な戦争を生きのびるのに、私は、詩や小説や絵や、
 美しいコトバなどが手もとになければ、ひからびてゆく気がしていた。
 そういうとき、それらの文学作品は、子供の私には、美味な
 たべものであった。

 そしてさらに、「日本の未来」の項で

 日本を愛する気持ちと世界中と仲良くする気持ち。いつでも手を
 結びますよ、というふうに手を広げて、その手は何かをもらうためじゃなくて、
 握手するためにある。あるいは差し出した手で一緒になって、なにかを
 掴もうという気持ちが育っていくといいなぁ。
  ・・・・
 やっぱり、一人やったらあきまへんわ。みんなと一緒につくっていかないと
 いけない。いくらその国の文化が立派でも、孤立していたらダメなんですよね。

                     『欲しがりません勝つまでは』 あとがき より

             
これは、状況こそ違うけれど、今まさに、そうしなければいけないことでは
ないかと思う。
田辺さんは、今何かおっしゃっていないか・・・。聴いてみたくて仕方ない。


*3月からの 絵本以外の読書覚え書き*

生まれてバンザイ 八日目の蝉 エンジェルエンジェルエンジェル 
食べる話 欲しがりません勝つまでは

      くらし        石垣りん

  食わずには生きてゆけない。
  メシを
  野菜を
  肉を
  空気を
  光を
  水を
  親を
  きょうだいを
  師を
  金もこころも
  食わずには生きてこれなかった。
  ふくれた腹をかかえ
  口をぬぐえば
  台所に散らばっている
  にんじんのしっぽ
  鳥の骨
  父のはらわた
  四十の日暮れ
  私の目にはじめてあふれる獣の涙

                        『食べる話』  より

なんて切ない詩だろう。でもそうなのだから・・・・ 生きるしかない。
生きるのだから、自分を信じて、たのしみを持って生きよう。

| 琴子 | 23:34 | comments(6) | trackbacks(0) |

ノエルカ

ムシェロヴィチのイェジツェ物語、翻訳されているものはこれで
最後です。
早々に読み終わってしまったので、もったいない気持ちで、
あちこち読み返していました。

ノエルカ この表紙 好き

1991年12月24日のクリスマスイブ 一日だけのお話。
お話のそこここに、”愛”があふれていました。

お馴染みになったボレイコ家やクレスカやアウレリアも健在。
「嘘つき娘」の主人公 アニェラは画家と結婚して双子のママに
なっているし、アニェラが居候を決め込んだ先の子ども
トメクは、この本の主人公エルカと、サンタと天使になりきって
子どもたちを喜ばせる 大事な役目の人です。

知っている人たちに、また出会えたという感じが、とてもうれしい!

クリスマスには、どんな奇跡が起きても不思議はないけれど、
この話には驚くほど、奇跡的な展開が3つも4つも待ち受けています。

一番ぐっときてしまったのは、意外にも、
42年前、気持ちが行き違ってしまった年老いたカップルが
思わぬところで再会し、当時のお互いの気持ちを再確認する場面です。
時と若さは戻らなくても、気持ちは不変でありうる。
切なくて、美しく、その寒さまでしみてきて、じーんとしました。

何かしらの問題を抱える人たち 〜 
でも、幸せなボレイコ家の雰囲気に導かれるように、
曇って からまりあった登場人物たちそれぞれの気持ちが、
いい方向に流れていくところが、クリスマスらしくてうれしくなります。


エルカとトメクの会話には、何度も驚きました。
会話のレベルが驚くほど高くて、17歳の会話と思えないほど。
今 日本で、こんな会話をかわしている高校生っていないでしょう。
出会って間もない者同士が、さらっとかわしている会話に
豊かさを感じないではいられません。

とても印象的だった言葉:

 「怒りの原因が自分以外にあると思っている間は
  自分が正しいと思うだろうし、その怒りを培養することになる」(p170)


そしてもう一つ、ボレイコ家やクレスカの家のように
開かれた家の様子に驚きます。
来るものは拒まない。
おいしいものを分け合って喜びあう。
その幸せは、誰にでも開かれているという雰囲気が、
とても幸せな気持ちにさせてくれます。

エルカはこの一日で、トメクとたくさんの家族に出会い、
自分の寂しさを嘆くだけの人ではなくなった・・・。
大人のことも冷静に見られる眼を持ったし、自分自身の行動を
反省する素直さも持った。
自分もかわいがってもらいたいと願ったガブリシャとの縁に
わたしまで感謝したくなりました。

想像だけではよくわからない、魅惑的なお料理もたくさん出てきます。
始終出てきた ポーランドのお菓子 オプワテクは
どんなお菓子でしょう。
誰かと分かちあって食べるものらしく
割って食べたあと、キスしたり抱き合ったり踊ったりする風景が、
何度も出てきて、楽しくなりました。
「オプワテクをわけましょう」と、さらりと言ってみたいなー。
クリスマスの風習って、どこの国も興味深いですね。
そうそう、クリスマスに鯉を食べる国は、チェコしか知らなかったけれど、
ポーランドもそうなのだそうです。

| 琴子 | 00:03 | comments(6) | trackbacks(0) |

嘘つき娘

マウゴジャタ・ムシェロヴィチというポーランドの作家がいます。
何年前だったか、まだ知っている翻訳本が2冊しかない頃
夢中になって読み、すっかり好きになりました。

ポーランドには行ったこともなければ、体制や歴史さえ
知らないことが多く、この本に出会うまでは
まったく馴染みのない国だったのに、
シリーズのおかげで、ポズナンの町には、とても親近感を
覚えます。

嘘つき娘

4冊目に出会ったムシェロビチは、「嘘つき娘」
タイトルからして、強烈!
インパクトのある表紙絵と色あい。期待感ばっちりです。

時々効果的に使われる手紙のやり取りも、とてもよかった。
手紙って、いいですね。

主人公アニェラの行動力、目的のために選ばない手段には
ほんとうに目をみはりました。
あー、こういう娘、なんだか知ってる!

アニェラが第一の"目的”としたのは、たった数時間で恋に落ちた
パヴェウを追って、ポズナンの印刷学校に入学し、
会ったこともない親戚の家に転がり込むこと。
そのためには、どんな嘘だって平気なのです。
どんな苦境にたたされようとも。

アニェラも一応いろいろと落ちこむのだけれど・・・。
けれど、若さって無謀なもの。
身に覚えもあるけれど、あとから思えば顔から火が出るくらい
恥ずかしいことも、やってのけてしまうことってあるもんです。
もういい!と思えば、すっぱり切ってしまう潔さも
少し状況が好転すれば、ゆらゆら揺れて気分よくなってしまう
ところも、なんて愛おしいんでしょう・・・と思います。

挿絵を見る限り、ものすごい美人でもないのに、
苦境を乗り越えていく強さがあって、しかも、なぜか人をひきつける
魅力があるアニェラ。
打たれづよくて・・頑固だけれど、素直なところもある。
それに賢いときています。
シェークスピアを先生と論じ、どの役もパーフェクトにこなす
ところは、格好よすぎるくらい!

このままお鼻が天を向いたままいくのかと思いきや、
ラストシーンのアニェラの言葉には、すっかりまいって
しまいました。
なんて、成長したのでしょう! 
それによいクリスマスを迎えられてよかった。
大変な想いをすることになった、男子2人にはお気の毒でしたけどね。


このシリーズ
名前も地名も、語り口も少々難しいポーランドのおはなしですが、
読み進むうちに、後半ぐっと楽しくなってくるように思います。
登場人物も多く、お馴染みの人たちが、シリーズのあちこちに
登場するので、成長した姿を別の場所で見られるお楽しみもあり。

クレスカ15歳 冬の終わりに 金曜日うまれの子 ナタリヤといらいら男

ことり文庫さんで、どうしても揃えたかった「嘘つき娘」と「ノエルカ」
冬眠前にいただいてきました。
どちらもクリスマスの絡むお話ですが、ゆっくり味わいつつ
ただいま「ノエルカ」読書中。
こちらの主人公 17歳エルカも、なんだか
知っている子なんだなー。(苦笑)

ノエルカ

しかし 「嘘つき娘」の中で、ひとつ疑問が・・・
p181 アニェラがハムレットの解釈を披露し、それに感激した
ドムハーヴィェツ先生が呼びかけた「アニェルカよ・・・」って
「フラニャよ」ではないのかな。
この時点で先生は、フラニャがアニェラだということを
知らないんじゃないかと思うのだけれど・・・うーん、
読み間違いかもしれません。
読み直してみようと思っています。

| 琴子 | 23:50 | comments(6) | trackbacks(0) |

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